あとは祈るだけ
禁酒セラピー
読了した。
自身が依存症患者だっただけあって、非常に依存症患者の心に寄り添った形で
かつ、優しく、何度も繰り返しわかりやすいように、
いかにアルコールが体に害があるか、というか害しかないか
アルコール依存症者と普通のお酒のみと、違いはなにもないということ
両者とも最初からアルコールをコントロールできているわけではなく
同じ罠により深くはまっているか、いないかの違いであること
依存症患者が特別精神が弱いとか、遺伝的な問題があるから、そうなるのではないということ。
いかに酒がおいしいとか、楽しいとか、ストレス解消になるか、といったことを
何度も丁寧に説明していた。
そして自分できちんと、酒の害を納得するまでは
決して酒をやめたり、節制したりしないこと、とはっきり言い切っていた。
節酒するのはそれだけで非常に、精神的にひっ迫し、大変苦しいだけなので
節酒なんてしないように、と書いてあった。
今はまったくアルコール問題のない私だけど
以前、一時期なんとなく眠れなくて、寝酒にワインを飲むのが日課になった時期があった。
ワインも最初はコップ1杯とかだったのに、気付いたら一本開けていたり。
そうすると経済的に負担が大きくなるので、ある日バカバカしくなってやめたんだけど。
今はときどーき呑みたくなってビール買ってきたり、自家製の梅酒を飲んでみたりするのだけど、全然おいしいと思えなくて、途中で捨てたりしている。
そんな私が読んでみての感想だが
非常にわかりやすく、またいろいろと屁理屈をこねては飲む理由を作りたがる依存症患者の心理をうまく掴んで先手先手を打ってくる文章構成だな、と思った。
そして何より大事なのは、非常に希望を持たせる文章であったということ。
これまでに依存症治療の有名な自助団体のサイトとか見て、けっこう絶望的になっていたのは
「依存症は治らない。一滴でも飲んだら終わり」って書いていたこと。
それはものすごく、そのあとの人生に重くのしかかるなあと思っていた。
でも禁酒セラピーでは、自分がきちんと納得しなければ
禁酒する必要は全くないと言い切っている。
禁酒、というとなにか自分が素敵なものを手放すような、自己犠牲の雰囲気があるが
実際は、毒からの解放であり、素敵な人生を取り戻すことであると書いてある。
今日は、少し離れた町の花火大会があって、母はこっちに引っ越してきてから一度も行ったことがないというので家族みんなで行ってみた。
私は母の体臭ひとつ、言葉一つで、アルコールの影響下にあるかどうかわかるのだが
今日の母にはそれはまったく感じられなかったばかりか
あんなにたくさん焼き鳥やビールの屋台が並ぶのに、買いに行かなかった。
そして買いに行かない自分をアピールもしなかったし
終始穏やかな母であった。
なので、母を家に送って、別れ際に本を渡してきた。
「これなに?」というので
「禁酒の本。お母さんがすごく大事だから、これあげる。読んで」と渡した。
母は最近老眼になったせいで、ほぼ本を読まない。
どうなるかは、もう祈るしかない。